
何事も自分で回答を見つけ出す姿勢を創らないと間違った教説の被害に遭います。当事件に関しても谷口建彦が坂本竜馬気どりで、私に縁のある人や新たに縁のできた人達に次から次えと無断で関わっていた形跡があります。(外見を一見すれば確かに坂本竜馬のような振る舞いがあります⇔坂本竜馬は無断で行ってはいなかった)当事件に関して、谷口建彦の教説の被害に遭った人は公開していただきたいと思います。但し、同様内容のものを警察に提出してから行って下さい。当事件以外の人達の被害に関しては公開を要請するものではありません。谷口建彦は、娘の純子に私が、GLAに送付した思想の内容を当人自身の生活の周辺で説くように勧めていた様子が窺えました。
宗教と云うものを知らない者が行うことなのです。親子といえども思想は違うものなので、学ぶことはできても引きつげないのです。形を真似た教説は、必ず間違いが起きます。誰が責任を取れると云うのですか?悪魔の罠です。「お父さんの真似をしてはいけない」言うしか仕方がないのです。GLAに所属している以上、幹部会員である彼を咎めるのは自分で行わなくてはいけなかったのです。教祖に依頼してはいけないのです。教祖の立場を考えれば、幹部会員対する直訴を一々取り上げていては」組織は維持できるります。私は、高橋佳子と谷口建彦の議論に関するやり取りがあったか?どえか?も含めて推測はできても公開は間違いの元になりますので致しません。国は人権侵害を放置していてはいけなかったのです。
2010年11月18日⇔木漏れ日の空間「悪魔の技と言えます」より
2012年05月21日
他人に回答を要求する行為は悪魔の業です。
2012年05月17日
感性や波動で判別した方が確実です

私は、腹の内を明かすことなく最後の切り札を隠し持って、世渡り先導するような人とは、来世の縁を持ちたくはありません。先導されれば受けて立たざるを得なくなります。世の人々が互いに同じょうなことを行わなくてはならなくなります。感性や波動で危険を感じた人は、受けて立たざるを得なくなります。そのような立場になった人を非難するつもりはありません。受けて立つ行為は、道徳的には正当防衛なのです。受けて立つことのできる人は能力のある人なのです。私は、盲目的な妥協するつもりはありません。(妥協して良いことといけないことの判別ができなくてはいけません)
足飛びに感化することもできるかも知れません。有るとすれば、感化方式とな名付けてよいでしょう。対して妥協を経て調和させる方法は、説諭方式と言えるかも知れません。適当な表現がありませんが、説諭方式もベースに感化できるものがなくては難しいでしょう。感化の根源は波動なのです。何事も一律に、調和を目的として妥協しなくてはいけないと云う考え方は、学業優等生の考え方です。波動には良いものも悪いものもあります。妥協していると逆に悪影響が及ぶものもありますで、悪いものは、キッパリと縁を切る必要があるります。但し、自信のある人はその限りではありません。
感性や波動で判別した方が確実です
2012年05月13日
霊的にはウラ目の徳性が成立するのか?

「私だって家族を対象に興信所に調査依頼をすれば事件は磁力で解決できるのです」バカげたことは行わないだけです。人権擁護委員会に提出した調査内容は取り下げてからでも調査できるはずです。以上は、この世的のように見えますが霊的な見解です。大海勉君に云う「君は自称養父と思う存分ヤリ合うことができて、ストレスはたまらなかっただろうが、オレは立場上腹一杯のことは言えな勝ったからストレスが溜まったと云えるので、自分も同じことを言われたと云っても中身が違うぞ!」「實君は能力的にできなかったとだろうと回想している」自称養父は霊的には矛盾とは如何なるものかを教える指導霊だったのか?
矛盾はこの世的、霊的に拘わらず、権威で他人に押し付けていて良い訳けはないのです。反面教師の徳性があの世に還れば認められるか?と云ことです。ヒントは、(1)自分の問題か?相手の問題か?一般の問題か?です。(2)反面教師の徳性は認められなくても、受けた方のプラスには成り得るのです。要するに受ける方の気根によりプラスにもマイナスにもなるのです。蓄財は徳性ではないのです。あの世などには持って行けないのです。逆縁にはならないのです。逆上してコトを起こせば逆縁になります。
以上は反作用の起きる可能性のない人では言えないことです。源を質せば言えないことも自己責任なのです。どの道核戦争は避けられないだろうから、この文明は、今生で終わりで今生の徳性など無意味でも、私は抵抗は致しません。さらには、カルト側が過去何回かの循環文明二順目の過程で私(霊魂)が頓挫させている上に今回も頓挫させようと試みている罰は重く霊魂を抹殺しなくてはならないとの見解かも知れませんが、それに対して神はそのような重大なタイミングに前科ものをこの世に送り込む分けはないと反論します。
霊的にはウラ目の徳性が成立するのか?
2012年05月09日
外国の要人に代行料を支払わなくてはならなくなります
何時まで経っても「やらせ」ばかり行っていれば、今度は本当に総理大臣を非難したくなります。東大卒なら解っているなどと思っていると、あにはからんやと云うことを何度も経験をしていますので、皆様も注意して下さい。何者か?が総理大臣を拘束、支配しているなら、そのような人物が何処に居るのですか?国民の監視が必要になります。「やらせ」など行わなくても宣伝はこちらで行えます。神の裁きはこの世の裁判官の裁きとは違うのです。理由は地獄に行けば反省などできなくなるのですから、この世に居る間に自分のヤッタことを見届けて置かなくてはならないのです。事件の解決を外国の要人に頼れば、自国の業務を顧みず行った損失も含めて代行料を支払わなくてはならなくなります。以上について、事実は知る由もありません。確かめることもできません。

外国の要人に代行料を支払わなくてはならなくなります
2012年05月05日
ウラで解釈する事柄でも霊的に徳性になるのはおかしい
c12
「私だって家族を対象に興信所に調査依頼をすれば事件は磁力で解決できるのです」バカげたことは行わないだけです。人権擁護委員会に提出した調査内容は取り下げてからでも調査できるはずです。以上は、この世的のように見えますが霊的な見解です。大海勉君に云う「君は自称養父と思う存分ヤリ合うことができて、ストレスはたまらなかっただろうが、オレは立場上腹一杯のことは言えな勝ったからストレスが溜まったと云えるので、自分も同じことを言われたと云っても中身が違うぞ!」「實君は能力的にできなかったとだろうと回想している」
自称養父は霊的には矛盾とは如何なるものかを教える指導霊だったのか?と云う質問が生じます。
矛盾はこの世的、霊的に拘わらず、権威で他人に押し付けていて良い訳けはないのです。反面教師の徳性があの世に還れば認められるか?と云ことです。ヒントは、(1)自分の問題か?相手の問題か?一般の問題か?です。(2)反面教師の徳性は認められなくても、受けた方のプラスには成り得るのです。要するに受ける方の気根によりプラスにもマイナスにもなるのです。蓄財は徳性ではないのです。あの世などには持って行けないのです。逆縁にはならないのです。逆上してコトを起こせば逆縁になります。
以上は反作用の起きる可能性のないひとでは言えないことです。源を質せば言えないことも自己責任なのです。どの道核戦争は避けられないだろうから、この文明は、今生で終わりで今生の徳性など無意味でも、私は抵抗は致しません。さらには、カルト側が過去何回かの循環文明二順目の過程で私(霊魂)が頓挫させている上に今回も頓挫させようと試みている罰は重く霊魂を抹殺しなくてはならないとの見解かも知れませんが、上記に対して神は、そのような重大なタイミングに前科ものをこの世に送り込む分けはないと反論します。
どの道核戦争は避けられないだろうから、この文明は、今生で終わりになるから、今生の徳性などに拘っていても意味がないとの見解もあり得ます。それでも、その見解事態は、他所から入ったものか?自分の心に発生源があったものか?は知りませんが、証拠がない以上現況を続ける所存です。さらには、カルト側が過去何回かの循環文明二順目の過程で私(霊魂)が、頓挫させている上に今回も頓挫させようと試みている罰は重く霊魂を抹殺しなくてはならないとの見解かも事実か?どうか?確かめようのないことですが、それに対して神はそのような重大なタイミングに前科ものをこの世に送り込む分けはないと反論致します。
2012年04月30日
提供された事実を認めれば、事実を知っていたことになるのか?
ホ1
当ページに記す事件が法廷で、審議される場合は、一審で事実認定がなされなくてはならなくなります。しかるに私は事実認定に答えられるのは、唯一つオハラ樹脂工業で谷口建彦を隔てた距離から見たことだけです。(取次がなければ他事の用件で来訪したとみなせる)が唯一つで他は全て私からは、事実認定にはこたえられないのです。従って事実認定は検察が一方的に決めるより仕方がなくなります。自分たちの都合のよいように事実か?否か?を振り分けることができます。勿論、神の目から観た公平なものならよいのですが、私はそのようなことはなされないと確信しております。
一審は何とか妥協はできても二審は一審の一方的に行われた事実認定を基にして行われることになります。当然矛盾が生じれは私の嘘偽行為とされ罪に問われます。勿論、二審も最初に事実認定を行うならば、そのようにはなりませんが、(規則については私は知りません)一審の事実認定を基にして行うなら、不都合が生じた時点で一審の事実認定が間違っていると云わざるを得なくなります。一度認めたものを覆さなくてはならなくなります。そのようなことができるかどうかは知りませんが、できなければ法廷審議をつづけることはできません。
人権侵害の実例、事実は、意識にしろ物にしろ存在しているのです。但し、上記説がなければ関係ありません。来世の契の件は、この世に在世中に行うべきことではないのでどなたともお断りします。勿論、想念上のものも御破算にさせていただきます。加代子さんのパートナーは、国の責任ですので総理大臣に紹介していただきたいと思います。いずれにしても、国の権威でもって悪魔の手から保護をしていただかなくては、私は余計なことを行ったことになります。総理大臣個人(在職、退官は関係なくなります)を相手に戦うことになりますので宜しく御取り計らい下さい。悪魔がいなければその限りではありません。
2010年11月12日木漏れ日の空間「提供された事実を認めれば、事実を知っていたことになるのか?
ではなくなるのか?」より
提供された事実を認めれば、事実を知っていたことになるのか?
2012年04月26日
間違った信念の帰結(2)
d11
ノウハウの寄付の件はホームページに記した通りです。不満があれば、乱射事件のように、憤懣のやり場のない理由なき殺人はできるでしょう。それ以外は不可能と思います。私の目的は、最早(以前は違います)あの世がった場合、万一でも迷わないで済ませるられることに絞られています。この世に生きる者の権利であると思っています。覚悟を決めて行なうことと矛盾するようですが、私は,既に覚悟を決めて行なっているのです。何度も覚悟を決めて行なうことはできないのです。(既に表記すみ)
信念も想いに属する概念ですから二段目、三段目があると思います。「長い者に巻かれろ」と云う信念もあると思います。「長い者に巻かれろ」は、一段深いところから見れば「信念」を貫くための手段とすることもできるのです。さらには、信念が目的になってよいものか?と云うことになります。「信念とは何ぞや!」となります。悪い手段で呼応するなどの行為は、最早、良心の働きは皆無とみなさなくてはいけません。
国が公の立場で解決できなくなった場合、靖は勉君や一郎が代理謝罪(それぞれの父親の)を行ってから、報告すべきことがあれば、報告に来てもらいたい。私は加代子対する、トヨタが故意に彼女を追い込んだとしても、(追い込んでいなければ問題はない)一定の責務は果たしていると考えます。他人の「ワル」があったとしても負う必要はないのです。祖父が慈悲の心を掛けたことが、余計なお節介なのか?それとも祖父は感知しないことで、私が余計なお節介を行ったことなのか?私は知ってはいないのです。
2010年11月17日木漏れ日の空間「間違った信念の帰結(2)」より
2012年04月22日
間違った信念の帰結です(1)
c02
高橋佳子、大川隆法の両者が私に呼応してきたとしても(確かめることはできない)協定や和解と違いますので、過去のキズは御破算にすることはできません。云うならば休戦状態になります。中国の共産党と国民党が対日抗戦で足並みだけは揃えた様相になるのです。又、外国の参入は霊的には、内政干渉その他の不法行為とは云えなくなります。この世的には力の問題になります。領土は別として、瓜分の利もあり得るのです。但し、徳性はマイナスになります。以上は 間違った信念の帰結です。高橋佳子は、呼応するより生きる道はなくなったと考えます。
大川隆法は、選択は狭められましたが、未だ、独自の道が残されていると考えられます。以上は、私の認識で当人達がどのように現実を受け止めているか?は知りません。(私の心の世界の中の現象を基としたものです⇔彼等には別の心の世界があるとしても関知しません⇔私は殺す資格はありませんので、私の心の世界から出て行ってもらうより仕方ありません)以上は私が裁いたのではありません。被害者が裁ける分けはありません。以上は、神の裁きがあるとすればそのようになる予想したものです。
神(神に象徴される高級心霊)の裁きの手順(霊的な裁きには手順がある)を代弁するとすれば、私に謝罪する義務や責務のない人の面会は後回しにして下さい。高橋佳子、大川隆法は国に謝罪して、私は、国から報告を受けることになります。国の代表と面会するとすれば、先に面会する場合は謝罪になり、後になれば報告になるのです。国の代弁者でも霊的殺人事件(霊子線切断⇔可能か?どうか?は知らない)に関連して、私の心に疑惑の生じる人の面会はお断りします。勉君が先頭を切って代理謝罪してもらえば、全ては解決済みになり、国の権威といえども爪は掛けられません。
2010年11月11日⇔「間違った信念の帰結です(1)」より
2012年04月17日
ウラ事情が共に話せないこと自体が脅威なのです
j02
当ページに記す事件に関して、トヨタが法律的に解決できなく、国も行政解決ができなければ、家族が自分の知る全をて話し、それに基ずいてインターネットでの公開を行ったとしても、何ら咎められるものではないと考えられます。当方がよほどの間違いを犯さない限り、公開は実行できるものと考えますので、外部からの危害は排除できるものと思います。但し幸福の科学は退会しなくてはならないのです。家族は以上の考え方が理解できないので、反感を抱き責めようとします。
省みれば、幸福の科学などにひっいていたから、人権擁護委員会が身を入れて調査をしなかったのではないのか?と私は思うのです。(私はマインドコントロールに嵌る人間ではないから、大丈夫⇔事情聴取に対しても理解が得られると思っていましたが独善的であった)このような事件を抱えたままでは、純子も役職昇級の試験など何回受けても受かりはしないのだ!私のせいにしないでそのことは自己責任と捉えてもらわなくてはなりません。
尚子も私に背いて、どのような職にありつけるか?考えてみるが良い! 誰も相手にしてくれなくなるのではないのか?私とは話したくはないと言いましたが、話したくないような人の面倒は見れないのです。勝手にヤリたいなら出て行ってもらうより仕方がないのです。幸運に恵まれるよう幸福の科学に、祈願してもらうがよかろう。要するに、ウラ事情を共に話すことができないからそのようになるのですが、同時にそこと自体が脅威なのです。嫌いになったり出て行けと云うことになるのです。
注1;私が幸福の科学を辞めない理由、幸福の科学では案内のFAXを受けるだけでも効果がるとの言い分がありますので、単独で辞めれば、私が一方的に悪かったことにされかねないのです。(全体の問題として捉えられなくなり、私が辞めたから悪いとすることができる。ウラ事情に関しても辞めた者には言わなくてもよいと云う言い分もできるのです。法律で解決しなくてはならなくなる)
注2:和合僧破壊の罪により、死ぬと云うことや阿鼻叫喚の堕地獄に堕ちると云うこともあり得ないことです。(私は暗示に強いのです)いやらしいことを書くとの批判もありましょうが、直截話し合いができなければ、止むを得ないことなのです。源は人権侵害にあると認識しており、正当防衛と心得ておりまます。勧誘しておいて、不都合が生じれば自主退会をしなくてはいけないなど、独善と云う他ない。私は娘の純子に勧められて入会したのではありません。(純子に勧められたとしても同じこと)
又家内は辞めたければ辞めればよいのだよと云った⇔ウラ事情が有ろうが無かろうが関係ないのです。私は怒鳴るに値する人間であると思っています。勿論家内はウラ事情には関ってはいません。関っているのは(関らされた)のは未成年者時代の子供達なのです。理由も無く長年にわたり親をだまし続けることを容認する宗教などあるもらか?(理由があり一定期間なら仕方がない)批判をしてからノコノコ誰がでからけられると云うのか? 但し本日の喧嘩は自称養父の話がきっかけです。
2010年11月08日⇔「ウラ事情が共に話せないこと自体が脅威なのです」より
ウラ事情が共に話せないこと自体が脅威なのです
2012年04月12日
社会から精神異常者を区別できなくなる

霊的には謝罪されれば許す義務があると仮定すれば、許すことにより事態がより悪化すれば、許す義務があるとする思想の持ち主と教説した人の責任になります。高橋佳子が私を護っていたと主張すれば、側近の立場で護っていたことになります。但し、私の理解です。他の立場で護っていたかも知れません。その立場が判る人は、私より格上の霊魂です。ずれにしろ私は関知しません。この世には、自然を含めて非合理的なことがありますが、人間や人間社会に非合理性があれば排除すべきです。理由は精神病者を排除(区別⇔オームの麻原でも精神異常者ではないのかも知れません。専門家にお訊き下さい)できなくなります。
2010年11月06日⇔木漏れ日の空間「社会から精神異常者を区別できなくなる」より


