2006年11月21日

間違った霊界解釈とは(2)


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■カルト宗教において・・、一般的な常識から見て優秀な人材とも云える幹部会員が、何故、前述するような間違いを起こすかと言えば、一にも二にも、宗教というものの性質上、自己の心の中の問題として、絶対的な立場で捉える事柄と、この世的な事柄に属する、相手との相互関係で捉える問題の区別が付かないことにあると思います。仏教で云うところの小乗と大乗のことかも知れません。ここがカルト宗教のカルト宗教たるところです。
次に進めて、GLAの発行したものも含めた、その他、書籍などで得た知識を参考として所見を述べさせてもらえば、以下のことが云えます。

31美と健康スタイル
 
あの世に還れば、家族、友人、親戚、知人、などの親しい間柄の人達と言えども波動(一種の雰囲気で、心の在りようや行いで、その人固有のものが作り出されるとされています)が異なれば、結局は別れて、別々の世界に行くのだそうです。
だったら、反省しなくてはならないような、相手とは、当然別々の世界に存在することになると云うことです。

33★★スキンプロネットショップ★★

霊的に別の世界とは、次元の違う世界ですから、アメリカと日本というようなものではなく、この世とあの世の違いと同じような意味があると思います。又、高低は同じ次元でも別の位置に存在するもの、例えば、別の宇宙のようなものを指しているかも知れません⇒大部分はそうだと思います。別々の世界に住んでいると言うことは、波動の相通じない世界に居るのですから、相手にお詫びしなくてはならなくなっても、相手と同じ波動を得なくてはなりません。次元の境界線を越さなくてはなりません。
個性により波動は異なるのだから、波動を変えなくてはいけないのです。個性を変えることとイコールだと思います。

34CD and DVD Costum Press

てあるならば、そう簡単にできることではない筈です。従って相手に詫びることが不可能であれば、良心の中にマシマス神にお詫びするしかなくなるかも知れません。
だからと言ってそくつりそのまま、波動の法則をこの世に当てはめると云うことは、間違いであると思います。その理由はこの世は物質の世界ですから、波動が相通じなくても言葉や文章で、一定の意思疎通はできるようになっているですから、この世の法則に従ってできることは行えばよいのです。

36FP王の儲けて屋〜Moukete Store〜

この世も霊界を構成する一つの世界であると言われています。であるならば波動の法則も存在しているものとも云えますが、この世の手段でできることは、この世の手段で行えばよいのです。
私見として霊的波動は、背景磁場のような形で存在しているのではないかと思います。物理的には我々は地球磁場の中に存在しているのですが、直接磁力を感じることがないと云うことから、類推すれば理解出来るかも知れません。

K




posted by 不老の郷 at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会と宗教思想に付いて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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